4歳か5歳か6歳の頃、オギクボのおばあちゃんち(母の実家)に行ったとき。
外国人の女性が訪ねてきて、私と遊んでくれていた従姉妹が姿を消した。
従姉妹は、英語の家庭教師についていたのだ。
母は、私にも英語を習わせようと、近所で子供に英語を教えているという外国人の家に私を連れて行った。
私は気に入ったのに、そこに通うことはなかった。
その外国人はガーリックさんと言う名前だったが、母も父もニンニクが大嫌いだったのだ。
落語ではない、マジな話🧄
それから十余年、私は生のネイティブ・イングリッシュというものを聞いたことがなかった。
当時としては珍しくない。昭和の日本で生の英語はレアモノだった。
中学生のとき、英検を受けた。リスニングは全滅だったが合格できた😜
3級以上ではスピーキング試験があるが、かなり上の級でも、試験官は超ジャパニーズイングリッシュだったので、発音に関係なく合格できた。
昭和の日本では、英語は読み書きさえできればどうにかなった。いい時代だった☺️
その後、英語とは無縁のまま中年期に差し掛かろうとしていた。
ところで、私の周りには、ダンスのレッスンを受けにニューヨークに一人で行く人が多かった🇺🇸
友人の話を聞き、私も行きたいっ❣️と思った。
が、NYはハードルが高かった。一人で行って無事に帰ってこられる自信がなかった🗽
と言うことで、🇬🇧の英語学校の2週間コースにエントリーし、ホームステイすることになった。
食事を出してもらって、のんびり休日を過ごしてダンスのレッスンを受けようと思ったわけで、英語を勉強する気などさらさらなかった。
が、私は恋をしてしまったのだ💚
英国に💛
そして英語に🧡
帰国後、週末やアフター5にスクールに通い、ハリーポッターの朗読カセットテープを寝物語に聞いた。
最初は2、3分で眠りに落ちていたが、何ヶ月か後には頭の中でハリーとヴォルデモートの戦いが頭の中に描けるようになり、眠れなくなった。
当時、テレビは二カ国後放送の時代になっていた。外国のドラマや映画をビデオに撮って何度も聞いた。
学習目的というより、それが楽しかったからにすぎない。
おかげで今は、”きちんと喋られた英語なら” 聞き取れる(私が理解できないのは相手が悪い…笑)😜
会話は下手くそだけど、言いたいことは伝えられる(ホントに伝わっているかどうかは知らない…笑)😛
筆談を使えば、込み入ったことでも伝えられる(伝わっているかどうかは知らない…笑)🤪
それで、いいのだ🎵
最近の子は幼少時から英語を習い、外国に行ったことがなくてもネイティブ・イングリッシュを喋る子も多いという。
が、一方で機械翻訳や通訳機器もどんどん進化して、そういう作業を引き受けてくれる。
私は、外国語は、やりたいと思ったときから、または必要と感じたときから学べばいいと思う。
外国語を学ぶということは、言葉を覚えるだけの無味乾燥なものではない。言葉のウラにある文化や、考え方の違いを知ったときは😍。
日々外国語を使う環境にある人は、学べば学ぶほど複雑なことを伝えあえるようになって、ワクワクが止まらないだろう💓
ワクワクしなければ継続することができないし、継続できなければ上達もしない。
中高年でもアプリなどのツールを駆使すれば発音は身につくし、発音が全てでもないとも思う。
韓流ドラマにハマって60歳からハングルを始め、韓流スターにファンレターを書けるようになった人の話を聞いたこともある。
食べたいとき〜が美味いとき🎵
やりたいとき〜がはじめどき…何ごとも🩰