母は、長きにわたり “おいしいお茶” を探求していた。
単においしいだけだったらデパートにでも行って高ーいお茶の葉を買ってくればいいのだが、母が求めていたお茶はそうではなく、「普段使いのおいしいお茶」だった。
これがあるようでなくて、出会うまで時間が長くかかった。
そしてそのゴールは、私の転勤先の築地にあった。
魚河岸茶(仮名)である。
新しい勤務先で出されたお茶に、私は驚いた。
職場でこんな美味しいお茶が飲めるとは!
私は早速買って帰った。母はとても嬉しそうだった。以来、我が家のお茶は魚河岸茶ひとすじである。
魚河岸茶は、最初は築地の場外市場に、お寿司屋さんなどのために出来た店だったと言う。
私が出会ったときは、駅のそばに小さなお店ができた頃だったが、店番の人が一人しかいなかったため、お昼は休んでしまうし、夕方もこちらが定時に帰らないとお店が閉まっていた。土日ももちろん休みだった。
我が家がファンになる頃から、巷にもファンが増え、道路を挟んだ向かい側に新しいお店ができた。
私が職場を去る頃は銀座にも店ができた。コロナ前は外国人も買いに来ていた。
お茶の種類も増えた。
他のメーカーと違うのは、安いもののほうがおいしいということだ。
一度、高いものを買ってみたが、デパ地下のお茶と変わりなかった。
また、同じ名称のお茶でも、買う時期によって味が全然違う。
新茶の季節には青い味がするが、夏とともに味が濃くなり、晩秋のお茶はまったりと味が濃い。
冷茶のティーバッグも売り出された。
これを一度買うと、ペットボトルのお茶を買う気にならないくらい美味しい。
が、味を引き出すには徹底的に攪拌しなければならず、ひと様にあげるときには長々しい説明が必要になる。
ここのところ私がハマっているのが、和紅茶だ。
渋くなく、苦くなく、ミルクともレモンとも合うが、ストレートでもとても美味しい。
ポットに入れて持ち歩いても味が変わらず、一日美味しく飲める。
このお店は、行くと必ず一杯、その日のオススメのお茶を入れてくれる。
実は、私の中では銀座の支那麺(10月21日ブログ)とセットになっていて、我が家のお茶葉が切れるとラーメンを食べに行く。ラーメンを食べた後に立ち寄り、お茶をいただく。
「これといってお供えはいらないけれど、お茶だけは供えてね」の言葉を律儀に守り続けて20年。仏様用のお茶のほかに、母の湯呑みに毎日、魚河岸茶をいれて手を合わせる。
誕生日や母の日に「何がほしい?」と聞いても、モノをリクエストされることは滅多になかった。
魚河岸茶は、お金で買えるものでなく心を大切にした、母の最後のおねだり。