「ラストソング」📙以来、ずっともやもやしていたことがあった😶🌫️
父の晩年、病の影響もあったのか歩行能力は著しく衰え、何度も転倒した。玄関〜門のたった数段の階段も自力で昇降できず、そのために介護タクシーを頼まなければならなかった。
それでも、また以前のように…とまではいかずとも、「私に迷惑をかけないように」歩きたいと、毎日ベランダや家の中を歩いた🚶♀️
父の死後ずっと、あれでよかったのだろうかと私は考えていた。
早いうちに白旗を揚げ、家の中でも車椅子を使えばよかったのではないだろうか。
歩く練習などせず、電動車椅子でも買ってぶんぶんぶっ飛ばしたほうが残り少ない人生を楽しめたのではないだろうか(これがホントの暴走老人⁉️)
一緒に住んでいたのが実の娘だったから父は頑張ってしまったわけで、一緒にいたのが妻(母)だったら、父はあそこまで無理をせず、穏やかな晩年になったのではないだろうか
…と😢
でも、前回「死生学」についてのブログを書いて、あれが父の「死生学」(の成果)であり「終活」だったのだということに、今更ながら気がついた。
前回、「死生学とは、死ぬまでいかに本気で物事に取り組むかということに集約されるのではないか」と書いた。
様々なメディアを通して、頑張っている高齢者がゾクゾク、模範例として取り上げられている。
生涯現役で仕事に没頭している人、人々の役に立っている人、パソコンを駆使して自己表現をしている高齢者…
すごい❣️しかし、こういう人たちの方が稀であろう。
病気を引き受けることになった人たちややるべきことで手一杯な人たちには、それ以前の問題である。
そのような人たちだって立派に人生を全うしている🎊
私が思うには、人間は、肉体という乗り物に“乗っている“ドライバーにすぎないのではないだろうか。
最終的には、自分という乗り物に備わった機能をいかに長く、快適に維持管理するかということが、ドライバーに課せられた責任なのだ🚗
父は、自分という乗り物を再び自由に動かすことができるよう、頑張っていたのだと思う。
私はかねてより「人間は誰でも一つ以上の課題を持って生まれる」のではないかと考えている。
課題/困難のない人など、いないのではないか…と思ったこともある。
容姿や経済的に恵まれた人であっても人間関係だったり健康状態だったり、何かしらを克服すべく必死で生きている。
すんなり生きているように見える人ほど、実は苦労の連続だったりする。
課題が「ご褒美」と一緒に降ってくることも多い。
課題の大きさも様々、一つ解決しても次々と現れることがある。でも誰もがそれを解決「せざるを得ない」。
父にとっては、その課題の一つが「歩くこと」だったのかもしれない🚶♂️
父は若い頃から取り憑かれたように歩き、走ることに拘ってきた🏃♀️
晩年に歩く努力を奪ってしまったら、それは父の大切な課題を奪うことになってしまったのかもしれない👩🦽
この季節、庭で「ドクダミ刈り」をしていると、ベランダで父が歩く練習をしている…気がしてきたりもする。
あの日々があったからこそ、天国の扉がすっと開いてくれた
…のかもしれない。
そう思うと、最近やっと「あれでよかったんだ」と思えるようになってきた😇
何より、ゴーカートもまともに運転できなかった父が電動車椅子などに乗ったら、即、地獄落ち…だったかもしれないし(笑)
身近な人の一生や死に方に思いを馳せるのが、死生学の序章で、
エンディング・ノートを書くのが、死生学の最終章…なのかもしれない。

《昔取った杵柄…ホノルルマラソン❣️》











