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「ラスト・ソング」のその後

日本橋の老舗弁当 

父は、日本橋弁当屋のお弁当が大好きだった。
都内のデパートでも売っている、老舗弁当店の、フツーの値段のモノだった。

私が子供の頃から、そしておそらくは父が幼い頃から、その内容は大きく変わっていない。
メカジキの照り焼き、卵焼き、煮物、蒲鉾・・・、「映え」とはほど遠い、醤油色したお弁当は経木のお弁当箱に入っていて、父は経木の香りのうつったご飯も愛していた。

私にはそのお弁当の良さがずっと分からなかった。
350円のホカホカ弁当のほうが美味しいとさえ思っていた。

お正月には決まって、その弁当店のお節料理の折り詰めを買った。
デパートの予約用の写真の中でも一番地味で、やたら昆布巻きが大きくて、私はあまり好きではなかった。

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季節限定、タケノコご飯バージョン🍱

 

そのお弁当を見直したのは、仕事で担当した「お弁当の細菌検査」だった。
職務上知り得た秘密は漏らしてはいけないのだけれど、もうかれこれ30年近くも前のことだし、何より良いことなので、ちょっと漏らさせていただくと、そこのお弁当は群を抜いてキレイだった。
保存料の類いは一切使っていないのに、細菌が殆ど検出されなかった。
なので、その店のお弁当は常温で保存しても、一日食べられる。

これは丁寧な調理過程によるものだ。
衛生的な環境で、丹念に火を通し、経木のお弁当箱に詰めることで、保冷剤などを必要とせずに食中毒を防ぐことができる。一般の人がまねをすると、火を通しすぎたり味が濃すぎたりするが、そういうことが一切ないのも老舗ならではの知恵の積み重ねだと思う。

そして私も年を重ね、鶏の唐揚げより焼き魚を美味しいと思うようになり、煮物に味を美味しくて染み込ませる苦労を実感して、その店のお弁当の旨味が分かるようになってきた。

残念ながら、一般の人たちはかつての私と舌のレベルが同じようで、その弁当屋は年々取扱店が減っている。お店でも常連さんばかりで、新規の若いお客さんは興味すら示さない。

歌舞伎座の近くで営業していた兄弟店は、たしかコロナの影響もあって1、2年前に店を閉じたと聞いた。日本橋のこちらの店はどうにか持ちこたえている。

今では「BENTO」は国際語となり、弁当は日本の誇るべき文化となっている。
その弁当を代表する、この店の幕の内弁当の火は、消えさせてはいけないと思う。