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「ラスト・ソング」のその後

「よ、元気か?」

今の私の「パラダイス」は代々木公園だ。

毎日は行かないけれど、いつ行ってもたくさんの人が来ている。こんなにたくさんの人がいても「密」にはならない。

今は新緑が鮮やかだ。ツツジが花盛りで、ハナミズキも咲きほこっている。

 

ここには55年前、オリンピックの選手村があり、その前まではワシントン・ハイツと呼ばれるアメリカ人の住むビレッジだった。

私は当然、その時の様子を知らない…のだけれど、以前、小学校の同級生が、「私、ワシントン・ハイツに入ったことがあるの」と言ったのには驚いた。「あなた、いくつだっけ?」と言いそうになった。私たちが物心つく頃には、オリンピックも終わり、「選手村の跡地」だったはずなのに。

彼女は「ポーの一族」だったのだろうか?

はたまた前世の記憶というやつだろうか?

 

さておき、代々木公園がオープンしたのは、私が小学生のときだった。

まだ桜の木も若木で、芝生も生えそろっていないとき、学校を上げてよくここへ来た。

先生の話など無視して、オオバコで相撲をとり、シロツメクサで王冠を作った。

自転車の乗り方は、ここのサイクリングコースで習得した。

小学校の卒業式が終わった後、なんとなくみんなでここに集合し、入口近くの芝生で日が暮れるまで遊んだ。

大雪が降るとここへ来て、擬似雪国体験をした。

 

若木だった桜が私と一緒に成木となる頃は、あまり来ることがなくなっていたが、家で仕事をするようになると気分転換に来るようになった。寿命60年と言われるソメイヨシノも、(そして私も)老木となりつつあった。

記憶の中の代々木公園はサイクリングコースと売店、トイレのほかは何もないところだったのに、いつの間にか池ができ、ローズガーデンができ、花壇ができ、ドッグランができ、バードサンクチュアリというものまでできていた。

ひと気の少ないエリアには、手作りの、青い小洒落たお家が建ち並んでいて、「住民」もいる。お茶を沸かして飲んでいたり、ガーデニングというのか、手入れの行き届いた「庭」を持っている人もいる。

 

父も、元気だった頃は、ここへ毎朝、ジョギングやウォーキングに来ていたようだ。

ある日、父と街中を歩いていると、見知らぬおっさんに「よ、元気か?」と声をかけられたことがあった。

「知り合い?」と尋ねる私に、「公園に住んでいる人だよ」と父はしれっと言った。

公園は、災害時の我が家の避難場所でもある。知り合いがいると心強いかもね…と言って笑った。

 

ワシントン・ハイツにはアメリカ人が900戸ほどのアメリカ式住居に住んでおり(密集していない)、学校や商店はもちろん、消防署まであったというから、どれだけ広かったか想像できるだろう。

これだけ広い土地を、ホイッと返してくれたアメリカ人にも頭がさがるが、(一部、放送局や道路、国の施設にもなったものの)ほとんどを緑地にしたのは誰だか知らないが、英断だと思う。

オリンピックが終わったのは、高度成長期。あちこちに団地が建ち並んでいた頃だ。ここを住宅地にしようという構想だってあったはずだし、高値で買い取りたいという会社もあったはずだ。

だが、あえてここを公園にした。遊具もない、動物も飼わない。木が生えているだけの緑地だ。

 

代々木公園ができた後も、あちこちで広大な土地利用の転換があった。私が知るだけでも、淀橋浄水場巣鴨プリズン、六本木の防衛庁…。皆、民間に払い下げになり、高層ビルが立ち並んでいる。これらが公園になっていれば、今、多くの人の自粛生活がもっと快適になっていただろう。

 

代々木公園を作る決断をした人の恩恵を、たくさんの人たちが当然のように享受している。すぐ隣は明治神宮というのもありがたい。新宿御苑のように、周りを高層マンションに囲まれてしまっては、恩恵も半減してしまう。

 

そうそう、先日、代々木公園で「神隠し」にあった。

時計を想像してください。私はここのところ、12時の方向から入り、最短距離を通って8時の方向に抜けていた。

3時の方向に行ったことがないのに気がついて、行ってみようと思った。案外、奥が深かった。

「こんなに広かったんだ!」と半ば感動しながら3時の方向に進んで行った。初めて見るような雑木林や池が新鮮だった。

…と、目の前に展開された景色は、なんか見たことないか?

それは、8時の方向にある出口だった。

3時の方向に歩いている…と思いきや、いつの間にか時計回りに回って8時の方向に歩いていたのだ。後日検証してみると、確かに道はカーブしている。が、あの時はまっすぐに見えたのだ。

単なる方向音痴か? タヌキに化かされたか? 

これが長じると徘徊老人と呼ばれるやつになるのだろうか?

 

新型コロナウイルス騒動では一時、公園の門も閉じられ、「住民」さんたちも外へ出されてしまったようだが、今は元どおりになっている。

父のお友達(?)もあの中にいるのだろうか?

顔を覚えていたら、アベノマスク、一枚おすそ分けに持っていきたい。

「よ、元気か?」と言いながら。

 

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