先の「マインド・ユア・メディスン」では偉そうなことを書いてしまったけれど、私にも苦ーい経験があった。
20年ほど前、母が薬物治療を受けていたときのことだった。
母は大量の薬を投与されていた。メインの薬のほか、副作用を抑える薬がいっぱい入っていた。
当時、私はフルタイムで働いており、母の看護は父に全て任せっきりだった。父は、家事のほか、母の通院の付き添いなどを一手に引き受けてくれていて、母も私も大船に乗った気分だった。私は、母が何の薬を服用しているかさえ知らなかった。
投与を受けて何ヶ月くらい経っただろう。凄まじい春の嵐が吹き荒れる日、母が「物の怪に憑かれた」。
昼間から背を丸めて臥せていた。起きてきても視点が定まらず、表情もかたい。父も私も心配になり、夜は私が一緒に寝ることになったが、母は夜中に起きて台所に立とうとした。時間を言っても理解してくれない。仕方がないので私も付き合って、深夜に二人でキャベツ炒めを作った。
虚ろな目をして、母は薬袋に手を伸ばした。
半ば機械的に薬を飲もうとする母を見て、咄嗟に、私は処方薬を整腸薬やビタミン剤とすり替えた。母は「こんな薬だったかしら」と首をひねったが、「そうだったでしょ」と言って飲んでもらった。それを2回ほど繰り返すうちに、母はいつもの母に戻っていった。
本当に憑き物が落ちていくようだった。
おそらく処方薬の中に入っていた、脳に作用する薬が、代謝機能の落ちた母の体内で蓄積したか、間違えて回数を多く服用して副作用が生じたのではないかと思ったが、念のため、薬をもらっていた病院に行って診てもらった。
主治医はCT検査を指示された。その頃には目の焦点も定まっていたし、元の母に戻っていたが、検査は受けることにした。ただ造影剤に関しては、「食事をしてきたので」と言ってお断りさせていただいた。実は空腹だったのだけど、この状態の母の体内にこれ以上化学物質を入れてほしくなかったのだ。
お医者様、勝手なことをしてごめんなさい。でも母のCTに異常はなく、予想通り薬の副作用のようだった。
取り返しのつくものでよかったと安堵したのも束の間、わずかな後に母は、今度は胃潰瘍を発症した。やはり薬の副作用のようだったが、弱っていた母の体力はさらに弱くなった。
いったい私は、高い学費を払ってもらって何を学んできたのだろうと、大いに反省した。
という経緯で、父の薬や処置には気を配った。あまり質問をするとお医者様は不快に思われるかと思ったが、理解のある先生ほど丁寧に説明をしてくれるものだ。
検査値を精査し、点滴に加えられる薬の量をmgまでチェックするわりに、おバカな質問を遠慮なく投げかける私を、おそらくBCD病院の関係者の方々は、「不審者」と噂されたのではないだろうか?
今でも、季節の変わり目に湿度を含んだ風が吹き荒れると、深夜のキャベツ炒めを思い出して胸がいたむ。
(注) 薬によっては急に服用を止めると危ないこともありますので、副作用と思われる症状が出たら、まず、医師に相談してください。