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「ラスト・ソング」のその後

呼び出しブザー

家を建てるとき、父の寝室と私の寝室にもインターホンを付けた。父の部屋は和室だったので、寝たまま取れるようにと低い位置に付けてもらった。

当初の予定では畳の上で死ぬはずだったけれど、予定より長生きしたおかげで(?)ベッドをレンタルすることになった。インターホンのコードは短くて、ベッドサイドテーブルにインターホンは届かなかった。

 

代替に電話の子機を使って見た。我が家には電話の子機が2台あり、子機同士の通話機能を使えばよかった。インターホンのように押せばいいわけではなく、3ステップほどのプロセスが必要だったが、父はすぐに覚えた。インフルエンザで臥せている時も、この面倒くさいプロセスを繰り返して、実によく私を呼び出してくれた。ティッシュが見当たらないとか、水のボトルが見当たらないとか、何かを落としたとか、どうでもいいことで、昼夜を厭わず子機はピューピューとしょっちゅう鳴った。

おかげで私はノイローゼになりかけた。ドラマの中の草むらの虫の鳴き声まで、私の耳は拾ってしまうようになった。

些細なことで呼び出さないでくれと頼み込み、インフルエンザからの回復とともに回数は減った。

 

が、今度は重大な事態が発生した。

父がベッドから落ちてしまったのだ。ベッドの下に子機はない。何も呼び出すすべはない。ベッドの下の隙間に見事に入り込み、父は叫び続けていた。数時間も…。

 

折も折、父がむせることと、夜中のいびきを気にした私は、嚥下の筋肉のトレーニングを提案し、父はヒマさえあると大声でそれを続けていた。

なので、私は、父の私を呼ぶ声は(夜中でも)聞こえていたのだが、嚥下のトレーニングを(夜中でも)しているのだろうと思いこみ、知らん顔をしてしまっていたのだ。ごめんなさい。

あまりにもしつこいので降りて行ってみると、父がベッドの真下に横たわり、大声で私の名前を呼んでいた。ごめんなさい。ごめんなさい。この時のことは思い出すと心が痛む。

 

子機ではいざというときダメということになり、百均で笛を何個か買ってきてみた。

しかし、音はうまく届かない。まぁ108円じゃダメか。

 

ということで、もう少しお金を払って携帯用の防犯ブザーを買ってきた。

子供がランドセルにつけて、怪しい人に声をかけられたら紐を引っ張ると大きな音がなるやつだ。これをパジャマのポケットに入れてもらおうと思った。

が、やってみるとこの音、2階まで届かない。前の家や、通り向こうの有名建築家の豪邸ならあり得るけれど、我が家は決して豪邸ではない。

どうやら防犯ブザーというのは、近くにいる人を威嚇するのに最適な周波数や音量でできていて、少し離れると音量が激減するらしい。

ということで、防犯ブザーは却下になった。

 

次に買ってきたのは、介護用の呼び出しブザーだった。

呼び出し用の携帯ボタンを父のパジャマのポケットに入れてもらって、私の部屋にブザーが鳴る機械を置く。私の部屋の機械は音量が調節できる。

しかし、その晩、ブザーが鳴ったので行ってみると、父は鳴らしていないという。

パジャマのポケットに入れておいたボタンが何かの拍子に押されて鳴ってしまったらしい。

父は申し訳なさそうな顔をしていた。私としては、無駄に押されるより、誤って押されるほうが許容できたのだけど。

 

最終的にどうしたっけ?

枕元に子機を置き、起き上がるための棒に笛を吊るし、呼び出し用の携帯ボタンは子機と反対側の枕元に置いておいたような。あとは転ばないよう、ゴム製のマットを購入した。マットが一番効果があったかもしれない。

 

介護用呼び出しブザーは、父が亡くなってすぐ、父の妹にあたる叔母にもらってもらった。

叔母の息子にあたる私の従兄弟は、父と性格のよく似た叔母に今頃、呼び出されたりしているのだろうか。

そうだとしたら、ごめんなさいね。